明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 東京名所 虎ノ門 工部大学校

<<   作成日時 : 2017/04/16 15:07   >>

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 虎ノ門交差点の文部科学省と会計検査院がある一帯には、江戸時代、内藤延岡藩邸がありました。明治期に入って、ここに「工部大学校」が設けられました。「工部大学校」は明治4年8月に設置された「工学寮」が始まりで、明治10年1月に「工部大学校」へと改称しました。工務省工作局に属しましたが、これは、「工部に奉職する工業士官を教育する」ことを目的としており、最初の入学者は全国から官費33名、私費13名が集まります。校舎としては版画にある大変にモダンな建物が用意されました。
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△木版画 東京真画名所図解「工部大学校」(井上安治作、明治初期)
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△工部大学校前の堀は埋め立てられ外堀通りとなっている



 この工部大学校において、日本の近代化の礎を築く土木・建築などの多くの技術者を輩出しました。講師陣としては建築家のジョサイア・コンドルなどが招聘されました。同校は、明治19年に帝国大学と合併して、東京帝国大学工科大学になり本郷へ移転します。その後、この建物は帝室博物館、東京女子学館などに使用されましたが、大正12年の関東大震災で倒壊してしまいます。

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△「工部大学校阯碑」(昭和14年に卒業生らが大震災時に倒壊した建物の煉瓦などを用いて建立)
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△文部科学省と霞が関コモンゲート


 その後、跡地には会計検査院や文部科学省などが整備されましたが、平成15年に官庁整備にPFIを導入し、さらに民間オフィスを入居させるという先駆的な取組みが始まり、平成19年6月に「霞が関コモンゲート」が完成しました。

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△コモンゲートとともに整備された江戸城外堀石垣の展示室(井上安治が見て描いた石垣の一部が残されている、というこです)

*無断転載・複製を禁ず








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