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村上名所
ようやく秋の到来ですね。秋と云えば……松茸、栗、新米、リンゴ、ブドウ、蟹、そして…鮭ですね。という訳で、鮭を求めて、新潟県村上市に行ってきました。村上市へのアクセスとして、今年3月27日に開通したばかりで、新直轄方式で高速道路が無料となっている「日本海東北自動車道」が便利です。村上瀬波温泉ICも設置されました。
250年前、越後村上藩は三面川(みおもてがわ)で、世界に先駆けて鮭(村上ではイヨボヤと呼ぶ)の増殖に成功しました。これによって、村上藩の財政が豊かになり、村上の地に鮭文化が築かれた...
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2011/10/20 22:25 |
加賀名所
加賀温泉郷の奥座敷・山中温泉で長く唄われてきたのが山中節です。
江戸の昔、山中温泉のお客の大半は近くの船頭達で、北海道付近に出稼ぎしていた船頭達が冬になると家に戻り、この山中温泉に湯治に来ました。長い人では1ヶ月も滞在し、湯に入り、体を休めました。そこで、出稼ぎ中に覚えた江差や松前の追分を湯の中で唄い、それを聞いた湯女達が山中訛で真似たのが山中節の始まりとか。こうしてお湯の中から生まれたのが山中節です。
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2011/08/19 21:55 |
木曽名所
熱い 暑い 熱い 暑い夏です。今年はまさに”節電の夏”となりそうです。 という訳で涼を求めて、長野県南木曽町へやって来ました。
中山道六十九宿のうち江戸から四十二番目の宿場が「妻籠宿」、現在は南木曽町となります。木曽十一宿のひとつでもあります。江戸時代にタイムスリップしたような当時の木曽街道の宿場の街並みがそのまま残されています。これは鉄道の開通によって、街道・宿場が取り残された形で保存されたためです。幸運だと思われますが、さらに宿場の保存とこれを観光に生かそうとした地元の皆さんの英知の結...
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2011/07/21 22:20 |
高山名所
岐阜県飛騨地方の中心地・高山の礎をつくったのは、豊臣秀吉の命を受けて街づくりに努めた金森長近(かなもり ながちか)であった、と云われています。金森氏は天正13年(1585)に飛騨地方を平定して、城下町の基盤づくりを行った結果、宮川の両岸に武家屋敷と商家が建ち並ぶようになります。元禄5年(1692)に幕府直轄地となり、「高山陣屋」が設置され、江戸幕府から代官が派遣されるようになります。
明治に入って、「高山陣屋」は、飛騨県庁、郡役所、飛騨支庁、県事務所などとして使われてきました。郡代・代官所...
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2011/06/08 21:15 |
上田名所
信州・上田の城下町は、戦国時代の天正11年に真田昌幸公(幸村の父)が千曲川のほとりに上田城を築いたことから始まります。江戸時代には、上田藩の城下町として、また北国街道の宿場町として人や物資が集散し、たいへんに繁栄したようです。
明治期に入ると蚕種業が盛んになりました。蚕種業(さんしゅぎょう)とは蚕の品種改良を行い、蚕に産卵させた台紙(蚕紙)を製造し、出荷する業務です。そんな中、明治8年、上田の町に上田中学が創立されます。校舎は上田藩主館内に建てられ、校門は上田藩主居館表御門を継承して、周囲...
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2010/12/09 22:45 |
金沢名所
日本海・冬の味覚、ズワイガニ漁が解禁されました。11月6日 午前零時、日本海に繰り出していた漁船が底引き網漁を始めると解禁になります。ズワイガニは北陸では「越前ガニ」と呼び、山陰にいくと「松葉ガニ」となるそうです。
これを目的としたツアーに参加してきましたが、併せて加賀百万石の城下町「金沢」を楽しんできました。
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2010/11/08 20:51 |
新潟名所
真夏日・熱帯夜が続いた今年の夏でしたが、寒冷前線が通過したこの日、夏の空気から秋の空気へと一気に入れ替わったようでした。少し秋めいてきた新潟市を訪ねました。
信濃川の河口に造られた街が新潟です。江戸時代は北前船の寄港地として東西南北の物産が通り、貿易港として繁栄しました。安政5年、幕府はアメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスと修好通商条約を結びましたが、その際、新潟は神奈川(横浜)、函館、長崎、兵庫(神戸)とともに外国貿易港として開港することになりました。その後、延期されましたが、...
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2010/10/01 22:28 |
松本名所
”さわやか信州”には程遠いほどの残暑の松本にやってきました。旅の始めに「国宝・松本城」を訪ねました。現存する松本城天守は、秀吉の家臣であった石川数正・康長父子の手により、戦国時代末期の1593〜1594年前後に築造が開始されたと考えられているそうです。現存する五重の天守としては日本最古を誇ります。
明治期に入り、松本城は235両で売却・解体の危機に至りましたが、地元有志の手によって買い戻されました。しかし、明治三十年代に天守の傾斜が顕著になり、松本中学の小林有也校長の呼びかけで「明治の大修...
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2010/09/11 22:57 |
京都名所 洛中
京都の夏の風物詩・鴨川納涼床(のうりょうゆか)は、二条から五条の間の鴨川の脇を流れる禊川(みそぎがわ)の上に組まれます。現在では96軒のお店が納涼床を出しているそうです。京都鴨川納涼床協同組合発行の「鴨川納涼床への誘い」によると、江戸初期には、料理屋や水茶屋が祇園祭の宵宮のころ、鴨川の流れの上に床几(しょうぎ)を出して夏の涼を楽しんでいました、ということです。
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2010/08/19 23:12 |
京都観光名所
京都東山・華頂山の麓に大小百六棟に及ぶ壮大な伽藍を構えるのが、浄土宗総本山・知恩院です。国内最大級の大きさを誇る三門、御影堂、静謐な佇まいを見せる勢至堂など、国宝、重要文化財指定を受けた建造物も数多くあります。
知恩院の山門は、空・無相・無願という、悟りに通ずる三つの解脱の境地を表わす門(三解脱門)の意味で、「三門」と書きます。元和7年(1621)、二代将軍秀忠公によって建立されたもので、高さ24メートル、横幅50メートル、屋根瓦約7万枚。その構造・規模において、わが国現存の木造建築として...
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2010/08/15 09:41 |
三州足助名所
足助は、古くから尾張・三河と信州・甲州を結ぶ交通の要衝でした。戦国時代には、甲州・武田軍などが行き来した軍道でもありました。
足助の町を貫く道は、とくに三河湾でとれた「塩」を信州に運んだことから「塩の道」と呼ばれる一方、馬が背に塩などの物資を乗せて行き来したため「中馬街道」とも呼ばれました。
足助の中馬街道沿いには、江戸から明治・大正・昭和初期にかけて栄えた宿場町の面影を残す家屋が多く残されています。現在は、伝統的建造物群保存地区の認定を目指して整備が進められているそうです。
早春...
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2010/04/16 21:32 |
群馬名所 富岡製糸場
富岡製糸場の玄関にある片倉工業(株)記念碑によると、
『当工場は明治5年に殖産興業の一大政策のもとに、政府が威信をかけて創建した器械製糸場である。その目的は新製糸技術の伝習と器械製糸場の設立普及のための模範工場であった。全国から参集した多くの工女たちは技術を学び、帰郷後は指導者として大活躍する一方、当工場を範とした器械製糸場が各地に設立された。その功績は多大なものである。』
『三井家に払い下げられた以降、原・合名会社の手を経て、昭和14年に片倉工業の所有となり、片倉工業の全盛を築いてき...
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2009/11/09 20:52 |
熱田名所 熱田海岸
「宮の宿」として知られる熱田。三重県桑名の湊まで海上七里は東海道では唯一の海路で、熱田湊は熱田神宮の門前町として、また海路の船着場として江戸時代たいへん繁栄しました。この船着場は「七里の渡し」と呼ばれました。
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2009/10/11 19:50 |
愛知名所 明治村A
明治村に移築された「三重県庁」は、昭和39年まで現在の県庁前公園(津市栄町一丁目)にありました。旧県庁舎は明治12年建築の擬洋風建築で、昭和41年、博物館明治村に移築復元され、全国でも有数の明治建築として重要文化財に指定されました。
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2009/10/10 17:48 |
愛知名所 明治村@
博物館「明治村」は、明治時代の歴史資料を収集管理し、広く一般に公開することを目的として、昭和40年3月18日、名古屋鉄道が用地の寄付をはじめ財政面で全面的に援助して、愛知県犬山市の入鹿池のほとりにオープンしました。
開村当時の施設は札幌電話交換局、京都聖ヨハネ教会堂、森鴎外・夏目漱石住宅など15件でしたが、現在では重要文化財の建物10棟含む67件(蒸気機関車等も含む)に達しています。敷地も2倍近くの100万uに広がっています。
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2009/09/28 21:12 |
豊田名所
愛知県豊田市にある「近代の産業とくらし発見館」では、10月4日まで、企画展「喜一郎と寿一 〜とよた誕生秘話〜」を開催中です。そこで豊田市内にある近代遺産を訪ねてみます。
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2009/09/13 00:07 |
京都名所 洛南
明治22年、新橋〜神戸間の鉄道敷設が完成すると、全国に一大旅行ブームが訪れました。
西洋文明が直接入ってきている東京や横浜への旅行客が増える一方で、伊勢神宮や京都の神社仏閣の参詣も鉄道によってより手頃なものとなりました。この旅行客を目当てに土産物屋が各地で繁盛します。
その中で人気となったのが、多色木版・石版刷りの「名所絵」だったようです。お土産品としてはかさ張らず、悪くならず、また自分自身の旅の記念にもなるとして買い求められました。
なかでも関西地方では名所・旧跡が多いこと...
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2009/08/18 21:04 |
美濃名所
岐阜県美濃市の「美濃町」は江戸・明治時代の街並みが多く残り、「うだつの上がる街並み」として、平成11年5月、「伝統的建造物群保存地区」に指定されました。
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2009/08/06 21:49 |
静岡名所 大井川
静岡県中央部を流れる「大井川」。今の季節は新茶・新緑の匂いが風に薫っています。その大井川沿いに走っている「大井川鉄道」を訪ねました。
大井川鉄道と言えば蒸気機関車ですよね。国鉄では昭和50年にディーゼル化し、この大井川鉄道では昭和24年に電化されて姿を消したそうです。
しかし、昭和51年に本格的なSLの動態保存に着手し、現在、大井川鉄道には、七両の蒸気機関車が保存されているとのことでした。一番古いものは、明治24年の英国製だそうです。今回は、C56に乗ってきました。
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2009/06/06 18:59 |
長野名所 須坂
明治政府は、近代国家建設に向けた富国強兵と、外貨獲得のため殖産興業を重点施策としました。当時の日本において海外への輸出品として注目したのが生糸、つまり絹糸でした。
群馬県の富岡製糸場は、明治政府が高品質の生糸を大量に作るための工場として、明治5年に洋式の器械製糸を導入して創業しました。こうした施策によって、生糸は輸出総額の約60%以上を占めるまでに成長していきます。
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2009/05/04 23:15 |