明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 東京名所 溜池演伎座

<<   作成日時 : 2016/07/30 23:22   >>

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 明治45年7月30日午前零時43分に、幕末・明治の日本を近代国家へと導かれた明治大帝が崩御されます。明治大帝の大葬の儀は、年号が変わった同じ年の大正元年9月13日に東京市赤坂区の青山練兵場(現・明治神宮外苑)に設けられた葬場殿において執り行われました。
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△絵葉書 明治天皇御大葬儀「赤坂溜池 演伎座前」
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 「大葬の儀」の当日の様子について、「明治天皇御大葬儀明細録」に次のように記されています。

◆是日は蒼生(=国民のこと)皆戸を閉ぢて業を休み、市中は弔旗弔燈の軒並に黒白の段幕張り延へて、音もたてず。いと静けかり。かくて、御儀を拝観せばや、御轜車(ごじしゃ)を拝送して、尽きせぬ御名残仕らばやと、二重橋より青山御祭場迄の御沿道は悉く諸団体の許されたる指定拝送所となりて、新橋立錐の余地だになく、南は九州、北は北海道の遠き極みの人迄も四五日以来、上野、両国、飯田町と四方の停車場より入り込みたれば、明け方より御沿道に打ち集ひたる。
◆因りて、此処を過ぎる電車の運転は、正午迄と定めたりしといえど、毎車殆ど溢るるまで人を載せたりければ、早や午前十時といふに、旧馬場先門付近は路の両側に犇々と人垣を作り始め、やがて十一時十二時、午後一時二時とも進めば、喪服、喪章の老幼男女次第に加わりて、其の数幾十万といふを知らず。十重二十重に堵を為して、身動きすらなし得ざれど、諒闇に籠もる人の心は押しもせで押されもせで、いと物静かに御轜車の通御をぞ待ちたりける。
◆一里に余まれる御鹵簿(=行幸の列のこと)は、午後九時五十分、全く二重橋を離れたり。人散じて夜更けて電燈の光のみ、幽かに御轍を照らしたてまつる。あはれ今日よりは、吹く風のみぞ寒からむ。大内山のほとり、夜色ますます深くして、御苑の松林亭々たるを聞くのみ。
◆さて、御轜車通御の御道筋は、宮城正門より凱旋道路を経て、馬場先門に出て、右に堀端に沿ひて日比谷公園東北角に至り、華族会館前を経て日比谷公園南角を右へ、内幸町通りを外務省前を左へ、虎ノ門跡を出て、三年町御料地に沿ひ、溜池町通り、田町一丁目一番地角を左へ、表町通、青山離宮正門前を経て、青山北町一丁目六番地角を右へ、葬場殿に入らせらるる。
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△絵葉書 明治天皇御大葬儀「青山御大葬場」


 御轜車は、午後十一時に青山練兵場に設けられた葬場殿に到着しますが、冒頭の絵葉書は現在の溜池交差点を通過した際の様子を描いたものです。絵葉書といえば写真が一般的ですが、当時は撮影技術が未発達で、夜間撮影が困難であったため版画となったものと想像されます。版画の中では、「演伎座」の二階からみた夜景で建物の庇と看板らしきものが描かれています。
 この溜池町から赤坂田町の一帯(現・赤坂二丁目)は、付近に国会や兵営が開設されたことから、それらを目当てとした料亭や芸妓屋、待合茶屋などが集まり、一大花街へと発展していきます。
 そういう街の雰囲気のなか、牛込区赤城町にあった「福禄座」が明治22年に赤坂区溜池町7番地(現・赤坂二丁目3番)へ移転してきました。その後、明治26年に赤坂座、日吉座、27年には市村座と経営が変わり、28年に「演伎場」となります。大正12年の関東大震災では類焼するものの、翌13年に再建され、新国劇一派がここに入り、東都の人気を集めました。現在はコマツビルディングが建っています。
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△新撰 東京名所図絵 「演伎座」
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 帰りに、冒頭の絵葉書の背景に描かれている小山の上に鎮座する「日枝神社(山王社)」を参拝しました。日枝神社は鎌倉時代初期、秩父重継が初めて江戸貫主を名乗り、館に山王社を勧請したことを起源とします。その後、文明年中(1478年頃)太田道灌が城内鎮守神と尊崇し、さらに天正18年(1590)には徳川家康公が江戸入府に際して、将軍家の産土神と崇め、社殿を造営して、神領を寄進します。
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△東京十社めぐり 始めてみました


 明治元年、東京遷都とともに准勅祭社とされ、皇城の鎮護神として官幣大社に列せられます。
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