明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 富士宮名所 富士山本宮浅間大社

<<   作成日時 : 2016/07/18 18:11   >>

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 古より噴火を繰り返す「富士山」は神が宿る山とされて、広く崇められています。鎌倉時代には修験者が修行のために入山・登拝するようになり、江戸時代に入ると富士山信仰が盛んになると、庶民も大宮・村山口登拝道から組織だって富士山を参詣するようになりました。大宮・村山口登拝道(現在の富士宮口登山道)は、富士山南西麓の富士山本宮浅間大社を起点とし、村山浅間神社(興法寺)を経て、山頂の南側へと達する登山道で、安政6年(1860年)に英国公使オールコックが外国人として最初の富士登山を行った道としても知られています。
 記録によると、大宮・村山口登拝道を利用する人は、御縁年で2,000人前後、平年で数百名程度だったと推測されています。 この石版がその「富士構」に参加した人々が記念として買い求めたもののようです。
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△石版版画「富士名所」(官幣大社 浅間神社 表門之図)明治41年刊
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 全国にある浅間神社の総本宮が富士宮市にある「富士山本宮浅間大社」。七代孝霊天皇の御代、富士山が噴火して人民が離散し国内が荒れ果てたため、第十一代垂仁天皇は富士の神霊を山宮の地に鎮祭しましたが、これが浅間神社の創祀だそうです。その後、大同元年(806)に坂上田村麻呂が勅命により、神霊を山宮より大宮(現在地)に遷したとのこと。

 時代は下り、徳川家康は天下平定の奉賛として、慶長9年(1604)に本殿始め諸殿を奉献し、さらに富士山八合目以上を社地として寄進したといいます。この本殿の二層の楼閣は、重要文化財に指定されています。
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△重要文化財の本殿(慶長9年築)



 境内には、富士山の雪解け水がコンコンと湧く池「湧玉池」があって、1日に20万トンもの水が流れ出ていました。平成の名水百選にもなっていますが、参詣者はこの池で斎戒沐浴したそうです。触ってみましたが、冷たい水で、身が清められるようでした。しかし、当日は雲が垂れて、肝心の富士山を拝むことができませんでした。また来たいと思います。
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△湧玉池(透明できれいな湧き水でした)
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△悠然泳ぐニジマスがでかい

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△帰りに、お宮横丁で、名物「富士宮やきそば」、「静岡おでん」、「えび餃子」を頂きましたよ。

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△お腹いっぱいで、特急ふじかわに乗って帰りましたとさ。

*無断転載・複製を禁ず











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