明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 函館名所 西波止場

<<   作成日時 : 2015/07/26 01:04   >>

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 安政元年(1854)、幕府は米国との間に日米和親条約を終結し、下田とともに箱館を開港することとなります。翌年4月15日にペリー艦隊が箱館に来航して港内の測量を始め、同月21日には同艦隊の2船が入港、ポーハタン号に乗船していたペリー提督が上陸します。また安政5年6月には、各国と修好通商条約が締結されて、箱館は新潟、横浜、神戸、長崎とともに貿易港として発展の歩みを始めます。
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△日本名所写真図解「渡島 函館港」(明治31年刊)
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△新島 襄の渡航記念碑

 いつもの「日本名所写真図解」シリーズの一枚です。明治31年の函館港の様子が写し出されています。Wikipediaによると、明治29年から函館港の本格整備が始まり、港内の浚渫や砂防堤・防波堤・灯台が設置されます。また青函連絡船の運航によって北海道の玄関口となり、北洋漁業の本拠地としてたいへんに繁栄しました。冒頭の写真にでも活気あふれる様子がみられます。
 説明書きによると、『渡島 函館港/本邦五港の一にして、市街、山に拠り海に臨む。港内水深く、大船巨艦、直ちに岸に沿ひて碇泊するを得。西南函館山ありて周囲に白浜、立待岬、鞍掛岩、千畳敷、穴澗、若布岬等、探るべきの奇勝多し
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 函館に残されている「赤レンガ倉庫」は、函館で初めて倉庫業を行った渡邉熊四郎の「金森倉庫」による明治40年頃の建築で、函館港の歴史を語り継ぐシンボリックな存在です。

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△明治20年代の金森倉庫
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△あいにくの天気で函館山は見えません!


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△絵葉書「函館郵便局全景」
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 この建物は明治44年に完成したもので、約五十年間にわたってこの庁舎で郵便業務を行ってきましたが、昭和37年に民間に払い下げられて、現在は「はこだて明治館」という名前で観光名所となっていました。




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△酷暑のなか、新千歳へフライト
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△JR余市駅からすぐに、ニッカの文字
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△工場内は登録有形文化財ばかり
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△マッサンとリタに会いに。「ありがとう北海道」北の大地の恵みに感謝
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△翌朝早く札幌駅へ
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△札幌駅から特急北斗に乗り込んで
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△苫小牧に着くころには雨に(エェェ‐)
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△登別で雨は止んで(ホッ)
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△車窓の景色に飽きたころに海が見えてきて
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△線路の先にようやく渡島半島の山々が見えてきて
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△霧の大沼公園にたどり着く頃には腰がもう限界値 Max
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△4時間かかってようやく終点・函館駅に到着!
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△すぐにボタンエビ海鮮丼を賞味
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△花咲ガニか〜
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△これが「さぶりメロン」か〜


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