明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 宮崎名所 宮崎神宮

<<   作成日時 : 2017/05/21 11:30   >>

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 『国生み神話から天孫降臨、そして神武天皇まで。古事記のハイライトともいえる物語の舞台となった宮崎はまさに神々のふるさと』である宮崎を訪ねてみました。
 天照大御神(アマテラスオオミカミ)の命により、孫の迩迩芸命(ニニギノミコト)は葦原中国を統治するため地上に降ります。これを「天孫降臨」と呼びますが、降り立ったところは宮崎県高千穂町か、霧島なのかいろいろな説があるそうです。迩迩芸命(ニニギノミコト)の玄孫が初代天皇の神武天皇で、幼少の頃は宮崎県高原町(たかはるちょう)で過ごし、長じて現在の「宮崎神宮」近くの「皇宮神社」に皇居を構えました。
 神武天皇は、この地から天下を眺め渡したとき、やはりどうもここは西へ寄り過ぎているのではないかと思い、兵をまとめて船団を組んで、美々津(みみつ)の湊(宮崎県日向市)から東を目指しますが、これが「神武東征」です。

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△戦前絵葉書 「官幣大社 宮崎神宮 全景」
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△宮崎神宮 本殿



 宮崎神宮は、神武天皇・神日本磐余彦尊(かみやまといわれひこのみこと)を主祭神としています。神武天皇は四十五歳の時、天下統治に応しい地を求めて日向国を出発し、大和地方を平定します。宮崎神宮は神武天皇の孫にあたる健磐龍命(たけいわたつのみこと)が九州の長官に就任した際、祖父のご遺徳を讃えるために鎮祭したのが始まりと伝えられています。
 明治31年、二条基弘公爵、島津忠亮伯爵、高木兼寛男爵らが中心となって、「神武天皇御降誕大祭会」が組織され、全国規模での募財活動が展開されました。また皇室からのご下賜金などもあり、社殿の造営、境内の拡張等が進められて、明治40年に現在の姿が完成したそうです。

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△宮崎神宮 参道

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△宮崎神宮 拝殿

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△西都原古墳から出土した埴輪を元に復元した古代舟(境内に展示)



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△飛行機から青島が…

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△宮崎空港に到着。南国らしい

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△宮崎空港でさっそくマンゴーアイスを






  


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