明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 千葉名所 稲毛海岸 海気館

<<   作成日時 : 2017/02/26 15:36   >>

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 幻の名旅館を訪ねる旅。今回は千葉県・稲毛海岸です。半農半漁の海辺の街であった「稲毛」に海水浴場が設けられたのは明治21年でした。その後、総武鉄道(総武線)が明治27年に開業し保養地として知られるようになります。
 この明治21年、稲毛浅間神社に続く広い松林のなかに「海気館」が開業しました。海水浴保養所の走りとして、森鴎外や島崎藤村をはじめ多くの文人墨客が小説執筆のために滞在しました。
 「海気館」は、海医学士の濱野昇により「稲毛海気療養所」として設立。施設は海水温浴場、海水灌漑場、遊戯場、運動場などで構成され、当時、海水浴は諸疾病に対する治療法として提唱されていたようですが、その後、経営が変わり、海浜旅館として有名になっていきます。
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△絵葉書 袖ヶ浦名所 「稲毛海岸 海氣館」

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 当時の稲毛海岸の海岸線は現在の国道14号線のあたりでしたが、昭和30年代に埋立てが開始されて海は3-4`先へ遠のいています。しかし、「海気館」があった「稲毛浅間神社」の境内に入ると、海岸に続く松林の風景が残されていました。近くの千葉市ゆかりの家「いなげ」や海浜公園にある「稲毛記念館」の中に当時の稲毛海岸の様子が飾ってありました。
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△稲毛浅間神社/大同3年(808)、富士山本宮浅間神社より分霊

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△明治25年頃の千葉街道
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△鳥居の先が国道14号線
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△昔の海岸線である国道14号線からみる稲毛浅間神社の森

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△現在の「いなげの浜」


最後に、明治33年に発行された「房総名勝誌」の「海氣館」の項目を紹介します。

■検見川町字稲毛の県道に沿ひ、浅間(神社)の林間に海氣館と称し、有名なる海水浴場あり。地は前面、袖ケ浦の碧波に臨み、水面より高きこと凡そ四十尺余。元来、風致官林に属し、広さ数百町歩、一体の砂地翠松を以て満たさる。而かも悉く老樹にして、其の根幹は潮風の為め、概ね砂上に偃塞匍匐(えんそくほふく)、一揃に奇趣を呈す。
■館は実に此幽嚝の間に在り、隆々として高きものは本館浴場にして、内外の結構壮麗華美、諸般の設備整然たり。別に数奇を極めたる数棟の樹亭を翠松緑樹の間に散設す。潜洒幽致入るものをして、仙境の思あらしむ。近時、総武鉄道の停車場を此地に設けられたるを以て、来遊の浴客陸続絶えず。就中、盛夏炎暑の候に至れば、京浜間の高官貴紳来たり遊ぶもの頗ぶる多く、豫め申込み置くにあらざれば宿泊するを得ざる虞(おそ)れあり。
■試みに館に入りて遠近の風景を観望せば、袖ケ浦浪溶々として長閑かに其の前面に在り。碧海尽くる處、富嶽其の天真を衝き、武相の諸山其の腰に連なり、安房上総の峯巒水天彷彿の間に屏列し、近く検見川、幕張地方の沖合に漁船の来往するを望み、万頃の風色悉く瞳中に集る。誠に須磨、明石の勝にも譲らざる佳境といふべし。当館は千葉町の旅館、加納屋主人 石塚友七の有なり。寒川停車場より一里半、稲毛駅より七、八丁なり。

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