明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 東京名所 品川神社

<<   作成日時 : 2017/02/12 16:03   >>

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 およそ四百年前、徳川家康によって整備された五街道のひとつ東海道。「品川宿」は、東海道五十三次の第一番目の宿場として、江戸時代後期には約1600軒、7000人が住んでいたと云います。
 その東海道から分かれた参道を抜けたところに、品川宿の鎮守「品川神社」があります。6月の品川神社例大祭は「北の天王祭」と呼ばれ53段の階段を神輿が上り下りするそうです。境内には富士塚がありますが、下の絵葉書はそこから海側を眺めた景色と思われます。
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△絵葉書「品川区お台場、品川神社」(昭和初期)

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△品川神社から望む東京湾ですが、まったくみえません。

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△旧東海道・品川宿



 「品川神社」は、文治3年(1187)、源頼朝が海上交通の安全と祈願成就の守護神として、安房国洲崎明神である天比理乃当スを勧進し、品川大明神とします。文明10年(1478)6月には、太田道灌が、風水害、疫病、歌謡の守護神として素盞鳴尊を勧請して天王祭が始まります。徳川家康公や家光公とゆかりが深く、東海道品川宿の鎮守社です。
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△品川神社

 
 さて、冒頭の絵葉書にある台場跡を訪ねてみました。台場はペリーの黒船艦隊の来襲に備えて、品川沖から深川洲崎にかけて11の台場を造る計画を立てますが、第一、二、三、五、六は完成したのち中止となり、このため急きょ品川宿近くに「御殿山台場(砲台)」が造られます。その跡地には品川区立台場小学校が建っています。玄関にはオブジェも備え付けられていました。
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△御殿山下台場跡(台場小学校)

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△品川宿本陣跡(聖蹟公園)








   

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