明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 小布施名所 岩松院

<<   作成日時 : 2016/08/13 15:24   >>

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 真田丸第三弾です。長野県上高井郡 旧・都住村(現・小布施町)にある「岩松院」には、戦国武将・福島正則公の霊廟があります。小布施町が設置した説明書によると、福島正則は尾張国二ツ寺村(現・愛知県あま市)に生まれ、加藤清正とともに豊臣秀吉子飼いの武将として活躍。「賤ヶ岳の七本槍」に数えられ、関ヶ原の戦いでは徳川方に味方し、安芸・備後二カ国四十九万石八千石を領する大大名となります。
 現在放映中の「真田丸」のなかで、福島正則公は加藤清正とともに秀吉の側近として描かれています。大河ドラマでは秀吉が亡くなり、石田三成と徳川家康との対立が激化し、今後ドラマは関ヶ原の戦いへと向かいますが、正則公がその名を馳せた「小山評定」のシーンも近づいてきています。
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△絵葉書 「信濃上高井郡都住村 岩松院之全景」(戦前)
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 しかしながら、元和元年(1619)、安芸・広島城の石垣修復が武家諸法度に触れたとして、ここ信州高井郡二万石および越後魚沼二万五千石に転封を命ぜられました。高井野村(現・上高井郡高山村)に屋敷を構えたものの、寛永元年(1624)7月13日、64歳で亡くなります。その際、幕府検死役の到着を待たずに遺体を荼毘(火葬)に付したとして領地は没収されます。正則公は生前仏教を深く信仰し、岩松院を菩提寺と定めていたため、死後、境内に正則公の霊廟が設けられました。
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△絵葉書 「信濃上高井郡都住村岩松院 福島正則公之霊廟境内」(戦前)
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△正則公の霊廟
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△また岩松院の本堂天井には、葛飾北斎の晩年作「八方睨み鳳凰図」が描かれていて観光客も多い
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△小布施といえば「栗羊羹」




 さて、小布施町の東南隣りに位置する、上高井郡高山村には福島正則公の屋敷跡などを始め正則公に関する旧跡が残されており、気温35度に迫る猛暑の中、汗かきかきそれらを巡ってきました。
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△福島正則 屋敷跡(「高井山高井寺」境内、上高井郡高山村堀之内196)

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△福島正則 荼毘の地(上高井郡高山村堀之内)

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△福島正則 屋敷内濠の石垣の一部(そば処・高山亭内、上高井郡高山村高井56)
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△そば処・高山亭で名物「おしぼり蕎麦」を注文

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