明治・大正名所 探訪記

アクセスカウンタ

zoom RSS 東京名所 亀戸天神社

<<   作成日時 : 2016/04/23 18:41   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

 江戸時代から学問の神様として信仰を集め、庶民から親しのまれてきた「亀戸天神社」。寛文2年(1662)、九州大宰府天満宮の神職が、飛梅の木で菅原道真公の像をつくり、祀ったのが創建と云われています。「古くは、ご本社にあたります九州太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」と称されておりましたが、明治6年に東京府社となってより亀戸神社と号し、昭和11年に現在の亀戸天神社と正称いたしました」そうです。一般には、「亀戸の天神さま」、「亀戸天満宮」、「亀戸天神」と呼ばれています。
 江戸時代から続く「藤の花」の名所として知られ、歌川広重も多くの作品を残しています。広重の代表作「名所江戸百景」でも太鼓橋と藤の花が描かれています。
画像

△東京名所 「亀井戸天満宮の図」(明治31年刊)
画像

△東京名所 「亀井戸天満宮の景」(明治29年刊)

画像

画像


 明治期に入っても、藤の花の名所として、いろいろなシリーズものの石版多色刷版画に多く取り上げられてきました。浅草寺、靖国神社と並ぶ石版版画の三大名所と言っていいほどです。手元にあるだけでも4種類ほどありますが、今回は2つの石版画を掲載します。今年も4月16日から5月5日まで、「藤まつり」が開催されていて、多くの参詣者で賑わっていました。
 明治22年刊の「日本名所図絵」には、『亀井戸天神境内は、泉池に反橋を架し左右に藤の花多く、茶舗は池畔に並び、右に末社頓宮神、妙義神社と唱つ。社殿は宏壮にして、歳首卯(*初卯祭のこと)の日熱閙し、此の日露天星の如く、金銀色の硝子球、福神の仮面を販ぐ』 とあります。

画像

画像



 少し休憩をとるため、亀戸天神の名物、船橋屋のくず餅を頂こうと思っていましたら、とんでもない行列なので、藤まつりが終わってからまた伺うことにしました。
 船橋屋のくず餅について、ホームページをご紹介します。「東京の下町情緒が色濃く残る江東区亀戸三丁目、亀戸天神のすぐ側に「船橋屋」があります。船橋屋は、江戸は文化二年(1805年)、十一代将軍徳川家斉の頃、創業致しました。船橋屋初代の勘助の出身地は下総国(千葉県北部)の船橋で、当時、下総国は良質な小麦の産地でした。勘助は、亀戸天神が梅や藤の季節に、参拝客でにぎわうのを見て上京し、湯で練った小麦澱粉をせいろで蒸し、黒蜜きな粉をかけて餅を作り上げました。それがまたたく間に参拝客の垂涎の的となり、いつしか「くず餅」と名づけられ、江戸の名物の一つに数えられる程の評判をとりました。」
画像


*無断転載・複製を禁ず



 帰りは、俳聖・松尾芭蕉が深川に庵を結んだ地である、「江東区芭蕉記念館」を訪ねてきました。「ふる池や 蛙飛びこむ 水の音」と詠んだ場所で、伝「芭蕉遺愛の石の蛙」を見ることが出来ます。
画像






   




月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
東京名所 亀戸天神社 明治・大正名所 探訪記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる