明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 東京名所 神田明神

<<   作成日時 : 2016/02/14 17:21   >>

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 神田明神(神田神社)は、天平2年(730)に出雲氏族・真神田臣(まかんだおみ)が祖神大己貴命を現在の皇居大手町付近に祀ったのを創祀とし、後に、時宗・真教上人により平将門公が合わせ祀られ以来、江戸総鎮守神田明神として広く庶衆の信仰を集めています。徳川将軍の江戸城拡張に際し、元和2年(1616)艮(うしとら)の鬼門の守護神として現在の地に遷座され、歴代将軍家の尊崇篤く、神田祭は天下祭と呼ばれています。


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△日本名所図会 「神田神社之景」(明治22年刊)
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 明治時代に入り、社名を「神田明神」から「神田神社」に改称し、東京の守護神として「准勅祭社」「東京府社」に定められました。このため、現在も東京の中心108町の氏神として崇められています。
 しかしながら、大正12年、未曾有の関東大震災により江戸時代後期を代表する社殿が焼失しますが、はやくも昭和9年に当時としては画期的な鉄骨鉄筋コンクリート、総朱漆塗の社殿が再建されています。現在は登録有形文化財に指定されています。冒頭の銅版画は明治22年の発刊なので、焼失前の神田明神を伝えているという事です。 『神田神社は、官幣社素戔男尊(スサノウ)、八王子竒稲田姫を合祭し、社背に茶店建並び、品川海を遠望すべし』 
 
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△境内のウメの様子
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△浮世絵 神田明神御祭礼の図


 さて、東京土産として様々な風景を石版画のセットとして当時売り出されていた各種の石版画「東京名所」には、なぜかこの神田明神が含まれていません。なぜでしょうか(・・?。残念でしかたありません。
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△神田明神社殿と東京スカイツリー
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△銭形平次の碑がありました。懐かしいですね。そうそう平次は神田明神下に住んでいましたね。

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