明治・大正名所 探訪記

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zoom RSS 長崎名所 産業革命遺産

<<   作成日時 : 2015/11/23 22:37   >>

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 平成27年7月8日、幕末から明治期にかけて極めて短期間のうちに近代工業化を果たしたとして、全国に点在する「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に登録されました。それは目出度いというので、なかでも8件が登録された長崎県にある産業遺産群を訪ね歩きました。明治日本においては、鉄鋼・造船・石炭工業などの重工業部門に最新の西洋技術を移入することで、先進国であった欧米諸国に急ぎ追いつこうとした先人たちの遺構がここ長崎県には多く残されています。
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△絵葉書 NAGASAKI
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△祝登録!三菱長崎造船所 第三船渠(bR DOCKの文字)


 まずは長崎駅前に降り立って急いでシャトルバス乗り場へ。バスで15分程度で「三菱重工 長崎造船所 史料館」に到着します。ここは、長崎造船所が日本の近代化に果たした役割を永く後世に残そうと、昭和60年10月に開設されたもので、史料館に利用されている赤煉瓦の建物は明治31年7月、当時の三菱合資会社三菱造船所に併設された「木型場」として建設されたものです。三菱重工業株式会社発祥の長崎造船所に現存する最も古い建物です。 館内は日本最古の工作機械や日本で最初の国産蒸気タービンなどが展示されている他、写真などで造船所の歴史が学べます。この建物が今回世界遺産に登録されたものの一つです。
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△祝登録!三菱長崎造船所 旧木型場(史料館)
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△館内は三菱の歴史がいっぱい


 さて冒頭の絵葉書を館員の方に見てもらうと、ここではなくて同じく今回登録された非公開の「第三船渠」(第三ドック)ではないかとの事。地元の方に聞くと、軍艦島行きの高速船からなら僅かに第三船渠が確認できるとの情報を得て、「軍艦島」へ。もちろん「軍艦島」も登録遺産の一つであり、今回の探訪の最大の目的地です。
 高速船に乗って長崎港フェリー乗り場を出港するとすぐに三菱長崎造船所の全体が見えてきます。目を凝らすと水門に「bR DOCK」とペイントされた「第三船渠」が確認できました。また、下の写真のうち右下の薄緑の工場の屋根の上には長崎造船所の迎賓館(非公開)として利用されている「占勝閣」の三角屋根がちょっと見えましたよ。
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△祝登録!三菱長崎造船所第三船渠と占勝閣

 高速船に乗って小一時間ほど揺られると、「軍艦島」が海上にどどーんと見えてきました。軍艦島(端島)は明治23年に三菱合資株式会社の所有となり、以降、我が国の近代化を支えるエネルギー供給地として、石炭を産出する炭鉱の島として開発されていきます。最盛期には五千人が島内に暮らし、大正期には高層集合住宅が建てられるなど活況を呈しましたが、昭和49年に閉山して今は無人島となっています。今回の世界遺産への登録によって俄然注目を浴びているのです。説明員の方によると、採炭は垂直に600bの立坑があって、そこから水平に海底の下を最大約2`の坑道が掘られたとのこと。すごいの一言ですね。

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△祝登録!軍艦島が見えてきました。
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△ようやく上陸。
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△かなたに旧端島小中学校の建物。
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△島をぐるっと巡ると、大正5年に建てられた7階建で日本最古のRC造りの集合住宅が見えてきます。老朽化が心配ですね。
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△下船後にオランダ坂を訪ね
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△最後に、祝登録!旧グラバー住宅を巡って、
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△夜は、長崎新地中華街で、フカヒレ入り長崎ちゃんぽんを頂きました。
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